今回の事態を語るには時間軸を若干戻さないとならない。
話はカールとキャサリンがフィランディアの街に向かった直後まで戻る。
「♪〜♪〜」
学園の廊下を上機嫌で歩くフィリス。
「今頃お祖母ちゃん、お祖父ちゃんと楽しくやっているんだろうな〜」
我が事の様に喜ぶフィリス。
「あら?フィリス、どうしたの?随分とご機嫌じゃない」
「あらミラ?」
そこに同僚のミラがやって来た。
「そう言えばフィリス、キャサリンはまだいる?追加でもう少し頼みたい物があったんだけど」
「もうミラ、おば・・・じゃない、キャサリン先生をそんなに利用しないでよ。キャサリン先生ならもう出かけたわよカール君を荷物持ちにして」
危うく『お祖母ちゃん』と言い掛けて直ぐに訂正する。
それについてミラは特には何も言わない。
表向き、フィリスとキャサリンの間柄は姪と叔母の関係だと説明されている。
『叔母さん』とフィリスが言いかけたのだろうと察した為だ。
「ごめんなさいね。でもキャサリンもやるわね。もうカール君をあごで使っているの」
「あごでって・・・カール君が道案内と荷物持ちを自分から進んでかって出てくれただけよ」
嘘は言っていない。
ただ、真実を一部隠しただけだ。
「それはそうとフィリス、あなたにお客さんよ」
「私に??」
来客の予定など無いフィリスは首を傾げる。
「今、学長室にいるわ。早く行って来たら」
「そうね。そうするわ。ミラありがとう」
そう言って直ぐに学長室に向かう。
「失礼します。学長私に来客との事ですが・・・」
ノックして学長室に入るフィリス。
そんな彼女を聞き覚えのある声が出迎えた。
「お母さん!!」
「えっ?メ、メルフィ!!」
それは間違いなくフィリスの娘、メルフィことメルフィナ・サイフォンだった。
「メルフィ、どうしたの?あなた一人でここまで??」
フィリスの質問に別の声が答えた。
「フィリス元気そうね」
「えっ!お、お母さん!!」
そしてソファーでジャスティンと対面して座りフィリスに向かって微笑みかけている、母親譲りの赤毛をロングヘアーで誇示する、外見上は若い女性。
フィリスの母でありキャサリンとカールの一人娘、名をシャロン・サイフォンと言う。
とても既に孫がいるとは思えず、娘である筈のフィリスと並んでも姉妹にしか見られないだろう。
これもハーフサキュバス故であろうか。
「お母さん、何時こっちに?」
「ついさっきよ。今日の午前中にやっと溜まっていた仕事が終わったのよ。全く・・・協会の責任逃れも困ったものね」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるシャロン。
サイフォン家は今ハンター協会理事の一角を占めている。
これも四代目学長にしてシャロンの育ての親であるシーラの取り計らいだった。
身を隠すならむしろハンター達の懐の中に・・・皮肉な事にワイザーと同じ思考だった。
「まだ続いているの?」
「ええ。で、今ジャスティン学長に報告をしていたのよ」
「幸い協会はウィルヘルム・・・ではなくてワイザーに対する事案の保身に精一杯のようね。多分キャサリン氏にまで追求は行き届かないんじゃないかしら」
「それ以前にお母様の事を把握すらもしていないわね」
「そうなの・・・ってお母様?」
「ええ、どうかしたの?」
「い、いや・・・お祖母ちゃんの事そう呼ぶんだ・・・じゃあお祖父ちゃんは?」
「お父様だけど?」
シャロンの一言にフィリスとジャスティンは思わず絶句する。
どうしてもカールと『お父様』にギャップがありすぎた。
最もそれを言えば祖父より年上の孫がいる時点で既にありえない事だったが。
「どうしたのよフィリス?そんなに変なのかしら?」
「う、ううん、変じゃないの。てっきり『お母さん』とか『お父さん』ってお母さん呼ぶかと思っていたから」
「ええそれも良いかなと思ったんだけど・・・私にとってお母さんはシーラ母さんの事だから」
「そうなんだ・・・」
何気ない一言にも、シーラがシャロンを本当のわが子の様に育ててくれた事に対する、シャロンの感謝の思いが溢れていた。
「じゃあ協会については今の所、心配は無いって事かな?」
「そう考えて良いと思うわ。本当困ったものだけど今回だけは感謝しないといけないかな?」
「皮肉極まりないけどね」
その話が一段落するとシャロンは何処と無くそわそわしながらフィリスに尋ねる。
「それはそうとフィリス、その・・・お父様とお母様は?」
「えっ?」
一瞬何を言っているのか判らず呆けるフィリス。
「もう、早く会いたくて大急ぎで仕事を終わらせたんだから・・・意地悪しないで早く会わせて」
更に言い募るシャロンの言葉に、ようやくフィリスも意味を悟る。
「あっ・・・あーーーーーーーー!!そうだった!!ごめんお母さん!!お祖父ちゃんとお祖母ちゃん今街に出ているの!!」
「えーーーっ!街に?」
「うん、お母さんが来るから、おめかしの為の服とかの買い物と一緒にお祖父ちゃんとデートして来たらって言ってそれでついさっき・・・」
「そんな・・・フィリス!!何かお母さんに恨みでもあるの!せっかく会いたくて会いたくて仕方なかったから超特急で仕事終わらせたのにこの仕打ち・・・あんまりだわ!!」
「仕方ないでしょ!お母さんがこんなに早く来るなんて誰も思わないわよ!この前の連絡だと近い内にしか言わなかったじゃない!」
「そこを察するのが娘の役割でしょ!」
「むちゃくちゃよ!!お母さん!!」
「お母さん、お祖母ちゃん落ち着いて」
「もうフィリス、それにシャロンさんも落ち着いて」
口論になりかけた二人をジャスティンとメルフィナがどうにか宥める。
その言葉に落ち着いたシャロンは改めてフィリスに質問する。
「それでフィリス、お父様とお母様どれ位で戻るの?」
「多分時間掛かると思うわよ。お祖母ちゃんには買い物とお祖父ちゃんとのデート兼ねて行って来たらって言ったから」
「そう・・・」
心底残念そうに溜息をつくシャロン。
「もう、こんなにも早く来るからよお母さん」
「だって・・・」
子供の様にいじけるシャロンに溜息混じりに言うフィリスだったが、内心では仕方ないかと思っていた。
何しろ、母キャサリンとは生まれて直ぐあのような形で別れ、父カールに関しては一度も眼にしていない。
一刻も早くその眼で確認したいと思うのは当然なのだろう。
「それじゃあメルフィナ、お母さんと一緒に学園を見てきたら?私はもう少しジャスティン学長と話があるから」
「いいの?お祖母ちゃん」
「ええ」
「お母さんも良い?」
「勿論よ。じゃ行こうかメルフィ」
「うん!」
そうして一通り学園を回りメルフィを学長室に戻してから再び城門まで戻ったフィリスはそこで買い物から帰ってきたカールとキャサリンを見つけ先の話となったのである。
事情を聞いたカールは当然だが狼狽する。
「ど、どどど・・・どうしようフィリス先生、キャサリン」
「どうするも何も会うしかないでしょ、お祖父ちゃん。お母さん、お祖母ちゃんにも会いたがっていたけど、それ以上にお祖父ちゃんには絶対に会いたいって言っていたんだから」
「そ、それは、そうかもしれないけど・・・キャサリン?」
「お祖母ちゃん?」
ふとカールとフィリスの視線がキャサリンに集まる。
「・・・・・・・」
キャサリンは呆然としていた。
「キャサリン?どうしたの?」
「っ!!カ、カカカカカカカカール!ど、ど、どうしよう!どうしよう!!どうしよう!!!私まだ会う覚悟も出来ていないのに!決心もしていないのに!!あの子に会うなんて!!」
カールの呼ぶ声で我に返ったキャサリンはカール以上に狼狽し、カールの肩を掴んですごい勢いで前後に揺する。
「ちょ、ちょっと・・・キャ、キャサリン・・・お、おおおおおお落ち着いててててててててて」
「だ、だってだってだってだってだってだって!!!!!」
「お、お祖母ちゃん!落ち着いて。お祖父ちゃん喋れないよ!」
カールとフィリスの二人がかりで、ようやくキャサリンを落ち着かせる。
「とりあえず・・・キャサリン深呼吸して」
「すぅ〜・・・はぁ〜・・・すぅ〜・・・はぁ〜・・・」
何回か深呼吸をしてようやくキャサリンは落ち着きを取り戻した。
「落ち着いた?」
「ええ、ごめんなさいカール、思わず取り乱しちゃって・・・」
「仕方ないわよ。お母さん、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会いたい一心で仕事をすごい勢いで終わらせて来たって言っていたけど、こんな早く仕事を終わらせるなんて私も想像もしていなかったわ。お祖母ちゃんが驚くのも無理ないわよ」
「それよりフィリス先生、その・・・僕に会いたがっていたって・・・」
「ええ、お母さんすごく楽しみにしていたわよ。シーラ学長が色々教えてくれたのよ。流石に未来から来たという事とか詳しい事は言っていなかったらしいけど・・・それよりもお祖母ちゃんほら着替えよう」
そう言ってキャサリンの手を引くフィリス。
「えっ?着替えるの?」
「勿論。お母さんにとびっきり綺麗な姿で会わなくちゃ。せっかく買ってきたんだから着替えないと損だよ」
「えっとフィリス先生・・・その僕は・・・」
「じゃあお祖父ちゃんはミラやミレーヌ先生が頼んできた物渡して、その帰りに学長室に来て。あっそれとお祖父ちゃんもそれなりに身なり整えてきてね!」
そう言ってフィリスはカールに手早く自分とキャサリン以外の荷物を渡してからキャサリンを引き摺るように学園の奥に消えてしまった。
おそらく自室でキャサリンをコーディネイトする気なのだろう。
「いや身なりといっても・・・」
服は学生服のみ。
「・・・とりあえず汗を流して制服着替えるか」
暫し呆然としていたが、気を取り直し誰にとも無く呟いてから荷物を手にまずは自分の部屋に向かう事にしたカールだった。
一方、自室にまで転移したフィリスは早速買ってきた服を色々と見比べる。
「うん、いいセンスしてるわね。お祖母ちゃん、お祖父ちゃんに意見とか貰ったの?」
「ええ、カールに見てもらったわよ。下着とかは顔を真っ赤にして退散しちゃったけど」
大分落ち着いたのか笑顔で孫の質問に答えるキャサリン。
「あははっ、もうお祖父ちゃんもどうせなら好みの下着とかもお祖母ちゃんに言えばいいのに」
「良いわよ。また一緒に街に行ってくれるってカール言っていたから」
「そっか、お祖母ちゃん楽しかった?お祖父ちゃんとのデート」
「勿論よ。ありがとうフィリス」
「どういたしまして。あっこれにしようかお祖母ちゃん」
そう言いながら数分後には孫が選んだ新しい服に袖を通していた。
「これでよし。化粧はしなくても良いわね。じゃあお祖母ちゃん行こう」
「ええ・・・」
そのまま学長室に直行し、扉の前まで来た時。
「ちょっと待ってフィリス」
「??お祖母ちゃん」
「少しだけ・・・時間を頂戴。覚悟を・・・決めたいから」
「・・・うん」
扉の前で瞳を閉じ、大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。
「・・・うん、いいわ」
「じゃあ行こうお祖母ちゃん」
「ええ」
フィリスが静かに扉を開ける。
「あら?フィリス・・・」
開けたドアに顔を向けたシャロンの視線がキャサリンで止まる。
一方のキャサリンも覚悟を決めたものの、どのように接すればいいかわからずただ立ち尽くしていた。
だが、硬直から解けたシャロンが静かに立ち上がる。
そして静かにキャサリンに歩み寄る。
俯いている為、その表情を伺う事は出来ない。
キャサリンはと言えば、歩み寄るシャロンにどの様な言葉をかけていいものか言葉を失ったまま立ち竦んでいた。
正直に言えばキャサリンは娘にどのように罵られても仕方ないと思っていた。
何しろ色々事情があったにしろ今日この日までほったらかしにした、傍目から見ればひどい母親なのだ。
どう詰られようと罵られようと全て受け入れるつもりでいた。
ジャスティンもフィリスも、そして事情も知らぬメルフィも声をかける事が出来ず、全員が微妙な緊張感で何百年ぶりになろうかと言う母と娘の再会を見守っていた。
やがてキャサリンの目の前に来たシャロンは無言のままキャサリンの胸に飛び込んでいった。
「!!」
「・・・っ・・・お母様・・・」
嗚咽交じりの声にキャサリンは優しく抱き止める。
その両の眼からは涙を零し自分の娘を抱きしめ、謝罪の言葉を口にする。
「・・・ごめんね・・・今までずっと・・・一人ぼっちにして・・・ごめんね・・・シャロン・・・」
「・・・お母様・・・フィリスから聞いたの?私の名前・・・」
「・・・いいえ何も聞いていないわ・・・今言ったのは私とカール、お父さんとで考えて決めた名前・・・」
それは何度目かの睦時での事、
『ねえカール』
『ん?なにキャサリン?』
『子供の名前何がいい?』
『!!ま、まさか・・・』
『ふふっ、もしもの話よ。もし私が赤ちゃん産んだらどんな名前がいいかなって』
『も、もしもか・・・驚いた・・・』
『ごめんなさい。不意に疑問に思っちゃって・・・それでどんな名前がいい?』
『子供か・・・そうだな・・・女の子だったらシャロンってどうかな?』
『シャロン・・・そうね・・・いい名前ね?』
『うん、不意に頭に過ぎったんだ。僕の母親の名前なんだけど』
『そうなの?道理でいい名前の筈ね、決めたわ。もしもあなたとの赤ちゃん産まれて女の子だったらシャロンにするわ』
『えっ?その場で思いついただけだよ?それでもいいの?キャサリン』
『当然じゃない。カールが考えてくれた名前なんだから良いに決まっているわ。それと男の子だったら?』
『男?・・・うーん、どうしようか?』
『もうっ思い浮かばないの?』
『ごめんキャサリン。また次来た時にでも考えるから』
『急がなくても良いわよカール。時間はたっぷりあるんだから』
今にして思えば、キャサリンが突然この様な話題を振ったのは虫の知らせであったのかもしれない。
その話を聞いたシャロンは大粒の涙を零して母の胸に顔を押し付ける。
「そうだったんだ・・・シーラ母さんじゃなくてお母様とお父様が付けてくれたんだ・・・私の名前・・・ありがとうお母様」
「そう、シャロンなの・・・シーラ感謝するわ・・・」
静かに呟いて強くぎゅっと強く抱きしめる。
「直ぐにカールも・・お父さんが来るから少し待っていてね」
「はい・・・」
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